波照間製糖が操業を開始(12/6)     七つの島の黒糖を召し上がれ                  




沖縄における黒糖作りの始まりは、1623年に儀間真常が中国で学んだ製糖法を伝え一般に普及したとありますが、インド又は南西太平洋諸島と言われる原産地から、古くから沖縄に伝わっていたものの、製造工程が大変だったようで、中国に技術を学びに行ったものと思われます。

その後、首里王府は砂糖専売制度や買上糖制度を実施し黒糖の増産に励みました。1831年になると薩摩は琉球に対して砂糖上納を命じ、この制度は明治初期まで続きました。王府時代を通じて糖業は薩摩、首里王府の政策に厳しく規制されながら発展したわけです。

1972年の祖国復帰に伴い、沖縄県に「黒糖品質規格基準実施要領」が設定され、沖縄黒糖・宮古黒糖・八重山黒糖と呼ばれていたものを、1993年の沖縄県の「黒糖品質規格基準」の改正により、「沖縄黒糖」に統一されました。

なお、「沖縄黒糖」の原料はサトウキビだけです。輸入品や分蜜糖に糖蜜を加えて製造されたものは「沖縄黒糖」に該当しません。サトウキビは沖縄県全域で栽培されていますが、以下の七つの島を「沖縄黒糖」の産地の範囲としています。
◆伊平屋島 ◆粟国島 ◆多良間島 ◆小浜島 ◆西表島 ◆波照間島 ◆与那国島
栽培されている品種の違いや土壌の違いなどによって、それぞれの島に固有の味があります。

「沖縄黒糖」には左記のマークがついています。食べてみれば違いがはっきりとわかります。七つの島の黒糖をどうぞ召し上がれ。

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