| 石垣島の星見石 昔、暮らしの中にムリブシがありました |
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星見石の下の方に開けられた穴から群れ星(ムリブシ)を観察し、日没後その穴からムリブシが見える時季に播種を行なったと言われ、それは立冬の頃でした。石垣島の星見石は日時計でもあったと言われていますし、石垣島における日月星辰の運行観測はかなり古い時代から行われていたようですが、明和8年の大津波(いわゆる明和の大津波)の時に流出した資料採訪は困難だったようです。 ムリブシとはプレアデス星団(M45)のことで、おうし座にある散開星団です。400光年の距離にあり、肉眼でも輝く5〜7個の星の集まりを見ることができ、双眼鏡で観測すると数十個の青白い星が集まっているのが見えます。プレアデス星団は、約6千万〜1億歳と若い年齢の青白い高温の星の集団で、 多くのエネルギーを使っているため寿命は比較的短いと星の専門家に予想されています。 日本ではプレアデス星団をスバルとも呼びますが、スバルの系統の星名の南限はトカラ列島で、喜界島・奄美大島より南では群れ星の系統の星名が分布し、八重山ではムリブシ・ムリカブシと呼びます。 ほぼ一年中見ることが出来るプレアデス星団を、農業や漁業など暮らしの時計としていた時代があったのですが、星見石もその一つだったのでしょう。写真は八重山農林高校近くに残っている石垣島の星見石です。北尾浩一氏の「星と人と暮らしの事典」によれば、プレアデス星団を見ることが出来ない期間は竹富町については22日間だそうで、それは1400年まで時代を遡ってもほぼ同じなのだそうです。波照間島ではムリブシが日没より日の出までの間に観測できない季節を「ユドン」と言い、石垣島では梅雨の事を「ユドン」と言います。 参考文献:北尾浩一「星と人と暮らしの事典」 東亜天文学会民俗課HP 琉球の天文記録・星の神話伝説 フリー百科事典「ウィキペディア」 ←プレアデス星団 「ウィキペディア」より転載 |